(1)東西の今様文化の落差に思うこと

1.関西圏の地盤沈下は「経済」だけではない。

かなり以前から言われていることだが、東京に比して関西圏の文化も経済以上に地盤沈下しているようだ。とりわけ、その文化の発信媒体である出版物が心許ない情況にあると知ったのは最近だった。当初、新大阪から歩いて5分くらいのところに事務所を構えて、意気揚々と出版界に乗り出そうとしていたのだったが、とんでもない無謀な話だったと知るのは、かなり後になってのことであった。翌年になって、東京赤坂に松岡正剛氏を訪ねたときに、「ちょっと待ってよ。確か大阪発の全国誌は戦後になかったかも知れない。」と言われて、思わず天を仰いだものだった。松岡さんは更に、「京都発の総合誌もなかったんじゃないかな。」と続けられて、一体どう答えたらよいのか、「とにかく頑張ってみます。」と、松岡さんに会えた喜びよりも、本当は憔悴して地下鉄の駅に向かった。

2.データが示す圧倒的な「文化」の東西格差

帰って、ネットで調べると、『関西からの情報発信』というHPにたどり着き、詳しく読むと更に悲観的な材料ばかりが出てきたのには驚いた。

(以下のURLを参照)
http://ramsey.econ.osaka-cu.ac.jp/~Shiozawa/saisin/kansai.htm

要するに、今回私たちが取り組もうとした雑誌形式の総合誌は、関西発のものが皆無(もし、あったらご容赦願いたい)であり、他の商業誌ベースで見ても、「大阪発の雑誌出荷額は全国に占める割合が僅か1.9%」しかないそうだ。(ちなみに東京発は89.5%らしい)
これを関西在住の人たちが読んだら、一体どう思うのだろうか。ちなみに私は中部圏に住んでいるが、名古屋をはじめ、もう少しひどい情況なのだろう。大阪は、文字情報としては、まだマシなのかも知れない。

3.敢えて「京都」から発信する意義

そんな訳で、自分の意識の中では軽々と、国境も県境も、とっくに超えていたと思っていたら、とんでもない思い違いをしていたと気がついたのであった。それで、一年足らずで大阪の事務所を畳む決心が着いた。知事が替わって、大阪が唯一の遺産としている「お笑い」の殿堂すらリストラしようとしているという話を聞き、その即物主義・拝金主義的な政策そのものが大阪を更にダメにしていくだろう・・・そんなところで、あらためて「読書の大切さ」とか、「本が好きな人へのガイダンス」を売り物に勝負していける訳がない。そもそも優秀な編集者やデザイナーは、東京に集中してしまっているらしいし、あらゆる先端的情報が東京に流入している中で、じっくりと好きな本を読む・・・それも大人にふさわしい手応えを感じさせるには、やっぱり悠久の都である京都しかないと思った。(奈良ではアカンのかと同窓生に言われそうですが。)だから、京都に移ってまでも雑誌を出そうとしたのは、意義というよりはただの個人的な意地である。

4.文化の格差は普遍的であるが意識的に「改革」もできる

今、話題にしているのは東西の文化の発信力の格差であるが、発信しようという気概のない向きにはまったく関係のない話である。北海道から沖縄まで、細長い列島文化の中で、どこが一番劣化しているのかを探ってみても仕方のない話になってしまう。大阪は、どこかでしくじって典型的劣化のひとつのモデルになったということだろう。九州だって例外ではなかった。
しかし、健全な企業文化が旺盛なところでは、メイン・カルチャーの衰退があっても、サブ・カルチャーがかろうじて地域文化を支えるという構図がある。九州には、モノを売るということにかけての根性があって、かつては勃興期のベスト電器、そして今では「ジャパネットたかた」のような販売の雄がある。モノを売る限りは「買いなさい、買いなさい」と消費者に呪文をかけるのだ。さしづめ、当誌は「読みなさい、読みなさい」と呪文を唱える他にない。
実は、これだって充分な文化になりうるのだから。

5.文化の東高西低が、究極にもたらすもの

今年の、まだ寒い頃に、京都・先斗町の細い路地をを歩いていたら、前をそぞろ歩く、いかにも東京から来ました風の業界人と覚しき、ありがちな黒装束の女性の携帯が鳴って、「はい、ゴメンね。あー、今ね、私、地方に来ているの。うん、京都・・・」と答えていたのには驚いた。「こいつ、日本の歴史を知らんのか!?」と思うのと同時に、後ろから頭に跳び蹴りでも入れてやろうかと腹が立ったけれど、よくよく考えてみれば、それくらい大阪どころか京都も地盤沈下しているのかと思いを新たにした。結局のところは、価値観が転倒してしまって、金が稼げたり、生活が豊かになったりするというところが都なのだ。そもそもの日本の文化の発祥がどこにあったのかなどという関心が薄れてしまっているということなのかもしれない。実は、こうした事実に、一番に無関心なのが実は京都に在住している市民である。彼らはこの後も、なにも発信せずに、ただ文化遺産と呼ばれる寺社や景観のみに、己のアイデンティティーを託していくのだろうか。

6.私たちができること

私は、自分が青春時代に、京都で思い切りたくさんの本が読めて、思いがけない同好の人たちに会えた。それ自体が時代に超越した時間の流れを持つ京都という土地柄に憧れて上洛した。
東京へ行ったなら、きっとこんな贅沢はできなかっただろうと思う。そういう何かを自分に迫る脅迫的な環境ではなくて、むしろのんびりとした時間と空間の中で、ゆっくりと自分を形成することができた。思えば広義の京都学派というのは、哲学の潮流の中でも、きっと実学ではひとつも役に立っていなかったのだろうと学生のときには感じていた。そこにあったのは、ひたすらの思惟と検証と遊びであって、さらに短い人生の中でのちょっとしたエポック・メーキングであって、それ自体が他の誰かの役に立つというものではなかったと考えている。きっと対面したこともない人のことなんか、考えても仕方がない訳で、それよりは気の合う仲間と好きな学問や文学や芸術の話をしているのが楽しいに決まっているという点で、際立って健全エゴな世界を象徴しているのだ。要するに世の中の役になんか立たなくてもいいのだ。
これが関西の原点なのかもしれない。天下国家を論じる嘘臭さについて、関西人は何故か敏感に嗅ぎ分ける習性がある。それより同好の士を毎日募っているほうが面白い。
まずは、そこからで、いきなり全世界になんかアクセスできる訳ではないと知るには、数十年を要したのが悔やまれるが、今なら少しだけでも、やり方が判るようになった。

7.地盤は沈下しているけれども、鉱脈は残っているだろう

あるかないかのマーケットも必ず数量化できると強弁する、アメリカかぶれの経営者にも会ったことがある。こいつアホに違いないとしか思う他ない。どうでもいいことなんじゃないのか。人生の楽しみは、「あるかないか」の世界を垣間見ることもあるけれど、それは、自分が律している世界のことなんかではないのだ。関西一般の東京に対する優越性は、文化も経済も確かに薄れて、ある意味で瀬戸際まで来ていると思うけれど、まだまだ捨てたものではない。
京都から発信する限り、当誌はあくまでも表層としての地盤には目もくれず、掘り下げる行為に徹底して、地下数十メートルにあるはずの「鉱脈」を探り当てることに全力を注ぎたいと思うようになった。

そんな訳で、読者諸氏の広汎な支持と協力を願いたいと思っている・・・